更新状況

カテゴリー: このサイトについて

サイトデザイン・リニューアル進行中。
まとまった時間が取れないため、適宜作業に取りかかっています。
完了まではレイアウト崩れなどが起こると思いますがご了承ください。

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現在多忙につき更新が滞りがちです。
申し訳ありません。

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保留中の記事があります。
資料整理中、滞在中など理由は様々です。
今しばらくお待ちください。

 場所:郡上八幡、台東区谷中、台東区上野(アメ横)

更地がもたらす良い眺望

カテゴリー: 香川県

更地がもたらす良い眺望山の斜面と細い路地との間を縫うように民家が密集しているその一帯にあって、不自然な形で耕作地が姿を見せた。もちろん想像の域は出ないのだが、以前そこに宅地があったことは想像に難くない。
農村・漁村、そして離島。時代の流れと言ってしまえば実もフタもないのだが、そこでは特に、ゆるやかに、もしくは急速に過疎化が進む。ぽっかりと空いたその空間のおかげで良い眺望に出会えたのだが、やはり、以前そこにあったと思われる人の営みを想うと少し複雑な気分になってしまった。
過疎。寂しい響きだ。

DATE:2007.9.2
LOCATION:香川県高松市 男木町 (男木島)

海と石垣、舟板壁。

カテゴリー: 香川県

海と石垣、舟板壁。船上から眺める男木島の印象は、山の斜面に密集して民家が建ち並んでいる、見るからに坂道の多そうな島であった。降り立つ前から胸が躍る。
港町らしく、それにふさわしい景観が随所に見られる。特筆すべきはそのひとつ、舟板壁であろう。以前港町であった場所によく見られる造りではあるが、改築や解体などによってその多くは失われている。そんな“遺物”を特に探すべくもなく簡単に見つけられるのである。思わず笑みがこぼれる。

男木島 眠るネコ男木島にはたくさんのネコがいる。実際、その姿も相当数確認した。甲板などに現れるネズミの駆除のため連れてこられたネコたちは、海のオトコたちと共に陸に立ち、その後ここに住み着いたのだろう。日陰でスヤスヤと昼寝をするネコや錆びついてガラクタと化してしまった三輪自転車など、随所に見受けられる昭和、もしくはそれ以前の匂いがフワリと漂っている。こんな空気が好きだ。

DATE:2007.9.2
LOCATION:香川県高松市 男木町 (男木島)

海を望む坂道

カテゴリー: 香川県

roji-2007-09-02-img02193.jpg半時間ほどの散策をした後だろうか。急勾配の坂道から風情ある集落と行き交う船を眼下に眺めながら、少し休憩のできる場所を探していた。そしてその場所となったのが、この、瀬戸内の眺望を贅沢に味わえる坂道である。
島内唯一の小中学校へとこの坂道は続いているが、在校生がたったの4名ということもあり、実際に通学路となっているのかは不明である。とはいえ、坂道沿いに桜が植わっていることもあり、通学路である可能性は大いにある。
瀬戸内の眺望と坂道。加えて、春の季節には桜並木の景観も楽しめる。そんな贅沢な坂道は他にあろうか。夏の強すぎる日差しの合間を縫って、潮風がココロとカラダをやさしく包み込む。贅沢三昧の坂道であった。

DATE:2007.9.2
LOCATION:香川県高松市 男木町 (男木島)

瀬戸口公園 〜南海平野線西平野駅の面影〜

カテゴリー: 大阪府

瀬戸口公園 〜南海平野線西平野駅の面影〜 かつてこの地には、南海平野線西平野駅があった。その跡地は現在、鉄道公園として整備されている。歩道にはレールを模した敷石がなされ、ベンチの壁石には「なんかいでんしゃ ひらの みち」とあり、同時に平野線の路線図が描かれている。
 路面電車がかつてこの地に悠然と走っていたことを知らないこどもたち〜大人も知らない人は多い〜は、この路線図を見て何を思うのだろうか。ややもすると、何も思わないのかもしれない。それ以前に、こどもたちの姿がかつてほどは見られなくなったこの公園にあって、そもそも目にすること自体がないのかもしれない。
 あからさまに人気(ひとけ)の少ない公園に佇むすべり台と、長く伸ばしたその影に哀愁を覚えた。

DATE:2007.8.26
LOCATION:大阪市平野区 瀬戸口

プロムナード平野 〜南海平野線平野駅の面影〜

カテゴリー: 大阪府

プロムナード平野 〜南海平野線平野駅の面影〜 大阪市営地下鉄谷町線天王寺〜八尾南間の開通(延伸)に伴い廃線となった、南海電鉄平野線。現在、その軌跡の一部と同線の発着駅であった旧平野駅が遊歩道として整備されている。信号機、レールを模したレンガ敷きの意匠、当時使用されていた車止めレールなどが往時を偲ばせる。
 撮影時、「もしかして平野線の跡地の写真を撮ってはるんですか?」と不意に声をかけられた。以前この平野界隈に住んでいて、幼い頃、よく平野線の電車に乗ったのだという。特にこの平野線を愛してやまない、とのこと。「幼い頃」がその彼のいつ頃を指すのかはわからないとしても、風貌などからして、おそらくワタクシと同年代と思われる。跡地の撮影をしていることから、親近感をもって声を掛けてくださったのだろう。そしてありがたいことに、その地の少し西側にあるという「旧西平野駅」のことについて教えていただいた。
 この場を借りて、ひとつ。インターネットなどを駆使して平野線の情報を集めているということなので、いつの日か、このサイトにたどり着いてくれることを願うばかり。その節は、どうもありがとうございました。おかげで良い景観に出会えました。

DATE:2007.8.26
LOCATION:大阪市平野区 平野本町

東濃鉄道「駄知線」跡

カテゴリー: 岐阜県

東濃鉄道「駄知線」跡  30年以上も昔の話。かつてこの一帯には、集中豪雨による鉄橋の流失が原因となり廃線に追い込まれた、陶磁器運搬を主たる目的とする鉄道路線があった。資料には1922年(大正11年)開業とある(※1)。開業から廃線に至る1974年(昭和49年)までの約50年(※2)もの間、陶磁器すなわち美濃焼と人々を運ぶ重要な交通手段となっていた。現在、その路線跡が遊歩道として整備されている。無論、廃線から幾年も経過しているため、残念ながら、軌跡の面影を留めるものは皆無となっている。

 人間には想像力がある。遊歩道の裏手に建ち並ぶ民家や遊歩道の幅員、大きく弧を描く道筋から往時の風景を想像することはできる。写真資料が手元になくとも、目を閉じ、往時の面影を色濃く残す町並みと現在の遊歩道を重ね合わせると、妄想の中だけではあるけれど、駄知の町中を優雅に走る列車をみることができる。

 妄想の中で走る列車の中から、現在の遊歩道脇に咲く花々へと手を伸ばしてみる。過去と現在とを交錯させ、ひとり悦には入る。それは、アブナイ遊びだろうか。

※1 この時点では駄知駅および東駄知駅への開通はなされていない。1924年(大正13年)9月に新土岐津駅(現在のJR土岐市駅付近)〜東駄知駅の全線が開通。
※2 1972年(昭和47年)7月の自然災害による鉄橋流失以降、全線で営業を休止した。そしてそのまま、約2年後に廃止となっている。約2年間の空白期間があるため、このような表記とした。

DATE:2007.8.6
LOCATION:岐阜県土岐市 駄知町

郵便配達ご苦労様

カテゴリー: 岐阜県

郵便配達ご苦労様 「美濃焼の産地」が表向きの、名の知れた肩書きだとすれば、さしずめ「路地と坂道の町」とは裏の肩書きとなるのだろうか。否か。
 背を向けた郵便配達のバイクと強すぎる夏の陽射しに、妙な懐かしさを感じるひとときであった。








DATE:2007.8.6
LOCATION:岐阜県土岐市 駄知町

レンガ坂 (蓮華坂)

カテゴリー: 広島県

レンガ坂 (蓮華坂)

蓮華と書き「レンガ」と読む。
煉瓦ではない。
煉瓦造りの遊歩道を期待して行くとげんなりするので注意が必要か。
勾配はあるがあまり湾曲をなしておらず、比較的見通しがよい。ただし、幅員は狭い。
このように、あまり湾曲もせず、幅員も狭く、かつ階段状になっていない坂道はこの界隈に於いて少なく、希有な存在といえようか。また、一連の遊歩道とは足下の意匠が異なり(若干、赤茶色味を帯びている)、そういった意味でも他の坂道とは異を成している。

DATE:2007.8.3
LOCATION:広島県尾道市 西久保町

千光寺新道

カテゴリー: 広島県

千光寺新道

意匠を凝らした石畳と旧家の持つ独特の佇まいが、眼下に広がる港町の眺望と相まって非常に良い様相を見せている。
余談だけれど、「尾道まちめぐり おすすめ観光モデルコース」に記されている、この千光寺新道を紹介するくだりの一節がとても気になっている。
「数え切れないくらい映画やテレビに登場したスター坂道です。」
スター坂道。
スターにしきの。

DATE:2007.8.3
LOCATION:広島県尾道市 東土堂町